苦手な人はすみません。
・運狙
・労←銭
・(労←)銭+処
本文は『続き』からどうぞ。
運+狙
「ほらよ」
助手席へ滑り込むと、ボリスは買ってきたばかりのシャルウマを運転席へ突き出す。
隣で紫苑の瞳はフロントを見据えたまま「ありがと」と口を開く。両手はステアリングに乗せたまま、顎を少し寄せて肉を巻いた軽食に齧りついた。
一口齧っただけでまた顔を戻した相手から手を引き、自分も齧りつく。
片手で持てるそれを手に、袋を漁って一緒に買ってきた飲み物を取り出した。味の濃いチキンにはさっぱりとクワスで一杯いきたいところだが、生憎現在は職務中。おまけに自分の分として買ったりしたら隣でハンドルを握っている相棒に何を言われるものか分かったものではない。
しょうがないのでモルスの紙パックで我慢する―――甘いベリー味のそれはそれで好物なため、構いはしない。
ぷすっとストローを差し込むと先程と同様、隣へ先を向ける。やはりそこでも先程と同じように体は前に向けたまま、口を寄せてきた。
ずーーーっと、先程よりもちょっと長い時間顔がストローへ吸い付く。その間、当然のように意識はストローの方へ向いている。
「……なぁ、コプチェフ」
「んー?」
ストローから口を離した相棒は、片手で口を拭う。その手はすぐにハンドルに戻って両手で輪を掴んだのだが。
「毎回思うけどな、そうやって顔だけ寄越して飲み食いする方が危なくねぇか?」
飲食物に意識が向けられている間は、いくら前を見ていても集中力が分散する。おまけに、体を捻ったような状態で食べるので姿勢は悪い。
そもそもハンドルから手を離せない相手のために片手で持てる品を選んで買ってきているというのに、結局人の手を借りないといけない、と言うのはどういうことか。
何回か目になるボリスの疑問に、コプチェフは顔を前に向けたまま微笑んだ。
「両手で運転してないと、いざって時反応できないじゃん」
俺安全運転だから、と必要となればドリフト走行を平気でやるがその運転で生命の危機を感じたことがないボリスは、流石に否定できない。
運転する側が必要だ、と言っているのだから両手で運転しなければならなのだろう。多分。
「それに、大切な人を乗せている時は余計事故る訳にいかないし。ね?」
「……だったら、顔こっち向けて運転するなよ」
微妙に誤魔化されている。
そう思いつつもそれを指摘できないまま、ボリスは車窓の風景を眺めながらストローを咥えた。
―――
労←銭
Q.人に一番大切だと思うのは何ですか?
労「働く事だな!立ち上がれ労働者!」
銭「金です」
Q.二番目に大切だと思うのは何ですか?
労「生産性だな!早い、うまい、正確に!」
銭「資産です」
Q.三番目に大切だと思うのは何ですか?
労「飯、か?食わなきゃ仕事もできねぇしな」
銭「財産です」
Q.最後に、本当に大切だと思うのは何ですか?
労「それは愛だ!」
銭「…………(誰への?)」
―――
(労←)銭+処
「ゼニロフ」
自分の名を呼ぶ声に、ゼニロフはルーブル紙幣を数える手を止めた。
こちらをじっと見る、空虚な赤眼とレンズ越しに目が合う。魂すら吸い込みそうな眼は、ともすればこちらの目の先を越えてどこか別の場所を見ているのかもしれないと思うほどに、遠い。
アルビノの、一見華奢にも見える身に黒衣を纏った子供の目に、しかしゼニロフは目を逸らしもせず「何ですか」と応対した。
「カンシュコフは、ここではどんな役割なの?」
「最も主要で矮小、丈夫な歯車の一つです」
収容した囚人の世話をするべく生魚を放り込んだ金髪の青年が、ある房の前で地面へめり込まされていた。
「ならゼニロフは、どんな役割なの?」
「最も重要で価値のある、この場所の首を預かる歯車です」
ぴん、と数えた紙幣を束にすると、金庫に仕舞う。ダイヤルの暗証番号を知っているのは彼を除いてごく一部だ。
「じゃあ、僕は?」
かちん、とダイヤルを合わせて、ゼニロフは振り返る。
「僕は、何の役割?」
低い背丈には不釣合いな大鎌を負い、血色の眼をした子供は問う。
自分がここに居る理由。ここに呼ばれ、育てられ、仕事を与えられた理由を。
「―――お前は」
答えるのは簡単だ。その背に負うた物、その手へ渡されるリストが示す言葉。それが自分で分からないほど、この子供は疎くはない。
それでも尋ねてくる、その真意は―――
「お前は、最も崇高で、尊敬され、代替の利かない歯車です―――ショケイスキー」
何故なら、ここが正しく機能し続け、存在意義を与え続けるのはその手なのだから。
「それから、ロウドフは?」
「最も働いているように見せかけて、その実全く自己では産物を生み出していない、模造品のギアです」
作らせたばかりのマトリョーシカで囚人と遊ぶ赤銅色の髪が、くしゃみで揺れた。