食器棚の上部分開けようとして、頭後ろに引かないとぶつかるなーと思っていたのに前に突っ込んでいって開いた扉で頭を打ち付けました。
寝ぼけすぎ。
双子弟×緑。
我が家の弟は割合真面目です。(爆破後ボスに復帰しているくらいなので)
惜しむらくは自分が書くとマフィアのボスじゃなくて、ただの経営者になってしまう事……おぉう。
本文は『続き』からどうぞ。
とんとん、と叩いて資料を整えると、プーチンは向けられた手へそれを乗せた。
「他に何かありますか?」
進んで雑用をかうプーチンに首がひとつ振られる。礼ひとつ述べない相手に文句を言うでもなく、にこりと明るい笑顔を返して彼はソファーに下がった。
品の良い応接セットの上には湯気を上げる紅茶と、真っ白いクリームに覆われたケーキが用意されている。
ふかふかのソファーに腰を下ろしながら、プーチンは早速フォークを手に取った。
ここのケーキ、すごく美味しいんだよね。
半分それが目的でやってきているのは―――ばれているかもしれないが―――内緒だ。
「頂きます!」と手を合わせて、はやる気持ちのままフォークを突き刺す。繊細な見た目も芸術的な仕上がりで、そのまま部屋に飾っておけそうな位手が込んでいる。崩すのに良心が咎めさえした。
抵抗無くふわんと沈んだフォークで掬い、大きく開いた口に運ぶ。出された品に合わせて上品に食べようとする努力は最初の頃に無理だと悟った。
ぱくっと頬張った瞬間広がる味に、身も心もも蕩けるとはこのことかと思う。
舌の上でとろけるように広がるクリームは濃厚なのに甘すぎず、掬っていくらでも食べられそうだ。柔らかなスポンジも口の中でしゅわしゅわと解けて消えてしまう。
自分では絶対作れな、いや普通の町にある店でも絶対食べることが出来ないような、最高級品。ただ資料の整理を手伝っただけの報酬には、過分すぎる対価だった。
ニコニコと上機嫌にケーキを食べながら、プーチンは向かいで仕事を続ける相手に尋ねた。
「キルネンコさんは、休まないんですか?」
「あとでな」
煙草片手に資料を捲くる姿に、なんだか一人休んで申し訳ないな、とケーキを食べる手が止まってしまう。
大した仕事をしたわけではない。頭を働かせたわけでもないのに、糖分を摂取したりしてよいのだろうか。
かといって、やることも無いのにちょろよろしていたらそちらのほうが迷惑だろう。若干の後ろめたさを感じながらも、プーチンは大人しく座っていることにした。
先程手元に渡した資料は速いスピードで捲られていく。特に何かに書き記したり、見直しに戻ったりということはない。そこに記載された内容は見下ろす光の少ない赤い瞳を通して、全て頭に蓄積されていっているのだろう。
プーチンの脳裏に、まとめる際にちらりと見た文字の羅列が浮かぶ。詳しく何が書いてあったのかは読み解けなかったが、とりあえず膨大な文字量だった。
あれを、全部短時間で理解しているのか―――目の前の人物が只者でない事を改めて実感した。
腕っ節も強くて頭も良くて、おまけに見た目も良いだから羨ましい限りだ。
さぞかし生きていくことに苦労は無いだろうと思っていた―――が、ここ最近、プーチンはその考えを微妙に訂正した。
確かに優秀なキルネンコは仕事をそつなくこなしてゆく。ところが、それを追い抜かせないくらい、彼の元には仕事が溜まっている。
溜めているわけではなく、次から次に新しい内容が上がってきて元量が減らないのだ。
取引先の状況、国営企業の構造、配下にある管理地の現状、対抗勢力の動向等など、知った範囲だけでも多岐に渡る。とりわけ機密性の強い内容はキルネンコもプーチンには触らせようとしなかったので、全体を考えれば本当に一人でやるとは思えない。
「マフィアのボスって、大変なんですねぇ」
しみじみ呟くプーチンを、赤い瞳が横目で見て嗤った。
「金に飽かして遊んでると思ってたか?」
露骨な表現で言われて、ケーキをむせそうになる。……流石にそこまでではないが、似たようなことを想像していたのは事実だ。
慌てて紅茶を飲みながら―――これも普段使っている茶葉とは比べ物にならない、上等な物が入れられているのがカップを上げただけで分かった―――プーチンは手を振った。
「い、いえっ!そんなことは、無いです、けど……」
「アレを見てるとそう見えるかもしれんがな」
ふん、と鼻で笑って資料が放られる。机の上の紙束が、また層を高くした。
「僕が会ったとき、キレネンコさんはボスをしてませんでしたよ?」
「今と大差ない。自分のやりたいことをやって、興味の無いことは全部放置してた」
「そ、そうですか……」
あっさりと吐き棄てるように告げられる言葉に、曖昧に頷く。弟のキルネンコから見れば、彼の人はそんな性格らしい。
自分からは進んで話さない同居人の、知らない過去が分かるのもプーチンがここに通う理由のひとつだ。共同生活を始めてから足掛け三年以上で付き合いは長いといえるが、それ以前の事になると当然知らない。
双子の彼の弟を通じて、ほんの子供の時分の話まで聞けるのは大変貴重だった。
最も、話に上げられる側はそれが非常に嫌らしく、加えてばらしてしまう相手と顔を合わせたくないのか滅多に一緒には来ない。今日も動物二匹とアパートメントで留守番をしている。約束した夕方の門限までには何があっても戻らないとな、と時計を確認する。時刻はまだお茶の時間。もう少し余裕はあった。
お土産にケーキを半分持って返ろう、とちょっと未練の残るフォークを引きながら、プーチンはそ思い浮かべた同居人に良く似た相手を見た。
「でも、二人で一緒に仕事をしていたんでしょう?」
今と同じように山積みの仕事を、二人で片付けていたはずだ。一人なら手に余る仕事でも、同じくらい優秀だろうキレネンコが入ればもっと楽にこなせていたに違いない。
首をかしげるプーチンに対し、向かいの煙草を咥えた口元がはっきり歪んだ。
「言っただろう。あれは立場が何だろうが、興味の無いことはまずしない」
「……ということは?」
「面倒事は俺に押し付けてやがったってことだ」
ふはぁ、と大きく煙が吐き出される。その様にプーチンはおや?と思った。
双子の兄の昔話を暴露するとき、彼はたいてい面白そうな―――言い換えると、意地の悪そうな―――顔で嗤っている。赤い瞳の奥に、苦虫を噛み潰す片割れの姿を想像するように、片頬を上げて応じるのだが。
思い出すように細められた眼は、少し遠くを見ている。そこに誰でも良くする、しかし彼が見せることは滅多にない色を見つけた気がして、プーチンはまじまじとキルネンコを見た。
「……キルネンコさんって、ひょっとして―――」
苦労、してますか?
一瞬喉から出かけた言葉は、声にせずに飲み込む。
向かいでそれ以上言うな、と吊り気味の目が睨んでいたからだ。
ともすれば同情にも聞こえる言葉を貰うほど、落ちぶれてはいない。
無言で釘を刺されたプーチンは、しどろもどろに代わりの台詞を探した。
「えーっと……でも、外で仕事する時はキレネンコさんも一緒だったんですよね?」
いつだったか、聞いたことがある。
役割分担、というわけではないが、取引の交渉等外的な仕事をこなす際はキレネンコが主立っていたという話だ。
そういえば理由は聞いてなかったな、と首を傾げるプーチンに、
「人相が悪いから場に適してる」
と、一卵性双生児の弟は言ってのけた。
正確には普段にこりともせず、無言で威圧感を与えるキレネンコの方が若干交渉相手への牽制になるという事らしい。もっとも、蓋を開けてみればその内に潜む危険度はキルネンコの方も大差ないわけなのだが。裏方作業をサボっているのだから少しは仕事をしろ、と言う事らしい。
「それに」と言いかけたキルネンコが、煙草を持つ手で口元を覆う。
珍しく―――本当に珍しく、言葉を濁すような素振りを見せた皮肉の得意な相手に、緑の瞳がじぃっと凝視する。
疑問符を一杯に浮かべた無垢そのものの顔が見続けること暫く。見据える先で、赤い瞳に微妙な、何種類もの感情が混ざった、大変複雑な気持ちを宿して、紫煙が吐き出された。
「……兄貴だからな」
一応、アレでも。
ぱちり、とプーチンが瞬いた。
半分のケーキが乗った皿のように真ん丸な目の前で、ぷかぷか漂う煙の向こうの目は明後日の方向に向いている。それが今しがた『兄』と呼ばれた人物と同じ癖であるのを、プーチンは思い出した。
兄だから。
好き勝手やって、裏方作業を回してくる事もある。
兄だから。
同じ頂点の場に立ちながら、前に立たせる。
別に気を使っていたわけではない。ただ単に、成り行きでそうなる事が多かっただけだ。
兄弟の間で優劣はなく、常に立場は対等で平等。同一とすらいえる。
それでも、最終的にその位置に落ち着く際に吐く言葉はやはり『兄だから』だ。
短くなった煙草を灰皿に押し付け、キルネンコは新しい報告書を手に取る。どうやら休憩は更に後回しにするらしい。
そこまで急ぐ仕事でも、ましてや決して仕事熱心な性格ではないのだが、茶を置いてある場所へ座ろうという気が起きなかった―――起こさなかった、というべきか。
新着の情報にはデパートの跡地買取の談合が上がっている。大して特徴ある土地ではないが、新地そのものに均してある事とグレーゾーンの界隈にある事が読み取れる。手を出して痛くはないと即座に判断を下して書類を投げる。予め順序良く資料が並べられていたおかげで、漸く今日の仕事に限がつきそうだった。
割合良い秘書になれるんじゃないか、と実力を買った相手へ褒美に自分の茶菓子もやろうと顔を上げると、呼んでもないのに向こうから傍らにやってきた。
双子の片割れに懐き、且つ向こうも気に入っているらしい、希少生物なみに天然な相手は大きな丸い目を持ってして見てくる。曇りとは無縁の澄んだ緑色はこの世界ではまず目にかかれない、手に入れるのが
困難な存在だ。
アレもそれは苦労するだろう。
今頃寂しく留守番中の部屋でくしゃみの一つでもしている兄の姿を想像して、口の端を上げようとしたキルネンコの頭にぽふりと何かが乗った。
何か―――若干見開いた目に、それが寄って来たプーチンの手だというのが判る。
赤毛の上に軽く載った小さな手が、頭部に沿って軽く前後する。
そのリズムを楽しむように、プーチンがにっこりと微笑んだ。
「頑張ってたんですね」
いや、良く頑張りました。
そう言わんばかりに贈られる、童顔の小さな相手からの賞賛。
年齢からも社会的立場からももうそんな褒め方を受ける事のないキルネンコは、想定外の事態に。
―――ぶっ。
とりあえず、吹き出した。
「……キルネンコさん?」
俯いたまま口元を押さえて微妙に振動をしている相手に、プーチンが手を止める。
なんだか、お腹が痛い時みたいだ。
不思議そうに覗き込もうとした顔が、後頭部を掴まれて急激に前進した。
「どうせするなら、これくらいしろ」
「ふわわわわっ!」
唇に感じた柔らかい感触と、甘いケーキの後味を打ち消すような若干の苦味に、真っ赤になって口を押さえる。
はわはわと右往左往する相手の頭を、普段より邪気のない笑みを浮かべたキルネンコがくしゃりと撫でた。
―――――――
伊坂幸太郎さんの作品で『長男は好き勝手やって、その皺寄せが次男に来る』という場面が印象に残ったので参考にさせてもらいました。
でもキレ様からすれば自分以上に奔放なキルは面倒な弟でしかなかったり。
苦労するのはお兄ちゃんも一緒です。
でもお互いが険悪なのでぶらこんでないと言い張る。