赤×緑。
前回の緑←看守の続き。
本文は『続き』からどうぞ。
丸い頬の上に、細い筋があるのを見つけたのは黄昏の中だった。
差し込む鋭いオレンジが濡れた場所を反射させる。キラキラと光るそれを美しいとか儚いとか形容する前に思ったのは、何故、だった。
ベッドの上、日が落ちる間際の陽光を浴びて眠るのは、誰よりも幸せでなくてはならない存在だというのに。柔らかな頬を濡らして、何故泣いているのか。
部屋を出る時には、笑っていた。
「行ってらっしゃい!」と笑顔で手を振られた所為で、行く気もなかった改悛の説教に行ったというのに。戻ってきてみれば、知らないところで泣いている。
人を追い出したりするからだ。
どれ位前に泣いたのかは知らないが、そこに浮かぶ表情は安らかとは言いがたい。
いつもと変わらず胎児のように丸まって眠る体を弛緩させる事無く、胸に引き寄せた手を握り締めて身を守るように縮まっている。
夢の中良からぬものに片足を掴まれたか。外がまだ明るいことも知らず、静寂の闇に飲み込まれているのか。
―――馬鹿な奴。
指先で触れた頬の軌跡は未だ湿っている。目元に残っている雫を突くと、音もなく弾けた。
「……おい」
濡れた顔に、手を置く。
いつまで寝ている。いつまで、泣いている。
仄暗い檻の中に居ながら日差しを受けて、いつまで光のないそこに一人居る。
「プーチン」
お前の居場所は、そこじゃないだろう。
「……ぁ……レ、ネンコさん……?」
ふるり、と揺れた瞼が開く。瞬きに落ちる涙がないよう拭うと、焦点の合ってない瞳が見上げてきた。
その涙を浮かべさせた夢を、覚えているのか。
「何を泣いてる」
「え……?……あ。あぁ、ぼく、寝てたんですね……」
もう、夕方だったんですね―――黄昏の陽が照らす横顔は笑っているくせに、泣いている。
未だ夢の続きを見ているように、切ない笑顔を浮かべて見上げてくる。
本当に、馬鹿な奴。
一体何を見ていたのか。言葉に出来ない、胸の締め付けを感じていたのか。
緑の瞳を曇らせ、涙を零すまでの恐怖など、ここに居る限り―――自分の傍に居る限り、ないだろうに。
頬を撫でる手に触れてきた手は、だから縋るためだけにあれば良い。
「なんだったのかな……なんだかね、すごく、寂しかったんです……」
温かくて落ち着く場所に居た気がするのに、気がついたらとても胸が苦しかったんです―――
誰も居なくて、一人ぼっちで、誰も必要としてくれていなくて、暗いところに置いていかれて。
誰も、僕の名前を呼んでくれなくて。
寂しくて哀しくて、怖くて仕方なかったんです。
そう、未だ泣いている顔を無理矢理笑わせて、告げてくる事に。
いい加減、気づけと言ってしまいたい。
「プーチン」
この声は、聞こえているだろう。
「はい……?」
「プーチン」
「はい。何ですか、キレネンコさん……?」
呼応してとぼけたような顔が見上げてくる。潤んでいた瞳は一点の濁りなく自分を映す。
自分のものより温度の高い額へ、顔を合わす。首筋に回した手を手繰り寄せれば微笑んで口を近づけてくる。
何の疑問も持たず触れる柔らかさへと、身を預けてくる。
それで良い。
「プーチン」
独りになんてしない。必要としないなんて言わない。
何度だって、その名を呼んでいる。
この声が聞こえる方へと、歩いてくれば良い。
――――――――
タイトルはポルノから。
普通に名前呼ばせてしまった……