あと、ひな祭りだからと思ってもそもそ書き始めたら、間に合わなかった上によく分からないことに…ネバーの付かないギブアップです。
赤+緑+機
楽しいプーチン一家。
本文は『続き』からどうぞ。
見慣れない物がある。
赤よりももっと鮮やかな色した、朱塗りの皿―――皿と言うのか盆と言うのか、要は器だ―――それが二組。
普段使う食器とは少し異なる目立つそれらは、同色のキレネンコの目へ否が応でも留まった。
皿の片方にはこんもり盛られた、色とりどりの小さな粒。そして、もう一方にはひし形の物体がちょんと鎮座している。
匂いを嗅ぐに、どちらも食べ物らしい。同居人は時々変わった料理を作るから、それの試作かもしれない。
特に害ある物ではないと判断したキレネンコは、まず粒の方を口に運んでみた。
カリカリとした、香ばしい触感。子供が好んで食べる袋菓子のチャク・チャクに近いかもしれない。
薄く色のついたところがほのかに甘く、素朴だが不味くはない。何個かは塩気があって、これも中々。
頭の中でそれなりの点数をつける。では、こちらはどうだろう―――ピンクと白と緑の層が綺麗に重なった、ひし形の食品を手に取る。
苺、洋ナシ、メロン。適当な味を思い浮かべつつ、大きく口を開ける。はむり、柔らかい角を歯が捉えた。これは何味か―――
「あーーーーーっ!」
突然響いた、大音量。顎を上げるのを止め、キレネンコは目だけ動かす。
驚きも慌てもしない赤い瞳が同居人のプーチンを映した。大きく開いたその口が、どうやら音の発生源のよう。キレネンコを指す指そのままに、プーチンは珍しく怒ったように眉吊り上げる。
「キレネンコさん、それは食べちゃダメです!飾ってるんですから」
メッ!と強い口調で下から叱られる。威圧感は皆無だが、キレネンコはとりあえず分断手前だった食品を口から引き抜く。
歯型付きのひし形が皿に戻ると、それ以上プーチンも怒らない。いつものニコニコした笑顔を浮かべ、いつも以上に上機嫌な様子でフンフフンフン鼻歌なんぞ奏でている。
「お花をあげましょ桃のはな~、っと。出来た!」
少し調子外れの歌に合わせ、手にした細い枝木二本を皿の脇へ挿す。
ただの枯れ木だとキレネンコは思ったのだが、よくよく眺めると枝には小さな桃色の花が幾つかくっついている。まだ雪が溶けきらないこの季節、一足早く春を告げる花。
ついでに、枝と皿の間、挟まれる格好で置かれた二体の人形にも漸く気づく―――さほど大きくないとはいえ、ヒラヒラした布で飾り立てられた人目引くそれへ何故気づかないのかといえば、キレネンコであるが故としか言いようがない―――マトリョシカともビスクドールとも違う、風変わりな人型は多分、男女で設えているのだろう。見方によっては簡易的な祭壇のようにも見える。
―――で。結局、これは何なのだ。
無言のキレネンコの問いには気づかず、プーチンは入り口向かって明るい声発した。
「メカネンコー、入っておいで!」
呼びかけに応じるよう、スルリ現れる影―――赤で染められた鉄板を横目に、キレネンコの機嫌が僅か降下する。
自分をモチーフにしたらしい自立型人工知能搭載ロボットは見た目は兎も角、思考の部分に当たる回路がてんで悪い。人の口に魚を突っ込んだり雑誌を奪ったり。コレクションであるスニーカーを勝手に履いた時は、本気で分解しようと思った。プーチンが泣いて庇わなければ、確実にその週の粗大ゴミに出ていたはず。
何より、設計者であるプーチンにやたら懐いている(ように見える)のが気に入らない。プーチンの方も愛着を持って接しているし。実に、気に食わない。
不穏な空気を感知するセンサーでも付いているのか、トコトコ歩いていたメカネンコが止まる。LEDの関係で目だけはキレネンコと異なる緑色が、不機嫌な赤色捉える。
暫くモーター音鳴らしたメカネンコは、べ、と赤い舌見せた。
……殴ってやろうか。
このポンコツ、とキレネンコが拳を握る傍ら、メカネンコは素早く舌を引っ込める。そうやって何も知らず手招くプーチンに寄ると、先に並ぶ二人の間を若干割るようにして身を収める。空気が読めないというより、意図的な行動に感じてならない。
「メカネンコ、今日は『ひな祭り』だよ」
「ひな祭リ……?」
「そう。子供が元気に育ちますようにって、このおひなさまを飾ってお祝いする日なの」
ひな祭り―――古くは春先の邪気を祓うべく、形代たる人形へ災厄を乗せて流す儀式を執り行った日。今は人形は単純に飾るだけだが、子供の成長を喜び願う年間行事の一つとして受け継がれている。
生まれてきた子が息災ないよう願うのは、いつの時代も同じという事だろう。
皿に盛られた菓子や花も、その演出に欠かせないアイテムなのだとか。饒舌に語るプーチンの話を、キレネンコも聞くとはなしに聞いてしまう。
ただ、ひとつ。腑に落ちないことがあるとすれば、
「Mam」
キレネンコ同様、黙って説明受けていたメカネンコがプーチンを呼ぶ。
プーチンがそういう回路を組んだのか、メカネンコは作り手の彼を母親と認識しているらしい。まぁ、データベースを元に学習していく(発達するのは変な機能ばかりだが、)ロボットにとって、情報を与えるプーチンは親のようなものだろう。
ちなみに、キレネンコはこのロボットから何らかの名で呼びかけられたことは今まで一度もない。別に気にはしていないが。大方、向こうもこちらと同じ、邪魔者くらいにしか捉えていないのだろう。
「なぁに、メカネンコ?」
「ひな祭リハ、子供ノ祝い」
「そうだね、本当は女の子のお祝いだけど」
「……ココにハ、子供ハ居ナイ」
―――そうなのだ。
不覚にも意見が被ったが、メカネンコの言う通り。この家には子供は居ない。住んでいるのは成人男性以下ペットとロボット。女児云々の前に『児』と呼べる年齢の生き物は存在しないのだ。
だから単にイベント好きが高じて、くらいのことだと思っていたのだが。
プーチンは「メカネンコがいるじゃない」と言い切った。
似通った顔の、赤と緑の目に彼は微笑む。
「あのね、メカネンコは生まれたばかりだから、季節とか行事とかほとんど知らないでしょ?そういう大切な事は、やっぱりちゃんと教えといてあげたいの!
基本情報はインプットできるし、忘れることもないと思うけど、でも―――お祝いすることが『楽しい』とか『嬉しい』って感じるのは、実際に経験しないと分からないから」
性別とか年齢とか、人とかロボットとか関係なしに、生まれてきたことが嬉しいから。
人の世界で生きてれば、こんなにも意味深い行事があったり、祝ってもらえる喜びがあったりするか。
ここに生まれた君にも、それを知ってもらいたい。
「だって、僕達家族だもの!」
血の繋がらない、無機物のロボットでも―――共に住めば、立派な家族。
瞬きさえ起こさないメカネンコに、プーチンはさり気に『家族』の括りに入れた隣を見上げる。
「ね、キレネンコさん?」
「…………」
「……父と呼ぶのを、許可する」
直後、発射されたレーザー光線に飾った人形は綺麗に裁断された。
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ひな祭り仕様にメカネンコの頭にリボンつけるとか挟みたかったけど、長くなるので割愛。