だというのに会社で手厳しい感じのお兄ちゃんからふと心配するような言葉をかけられた時は、本気で驚いて「らしくないこと言いますね」と言ってしまいました。
多分、数ヶ月まともに口を聞いてくれなかったのはその所為じゃないかと最近思い当たりました。
なんて嫌なヤツだろうと自分の低俗さを実感する今日この頃。
ああ、すみませんすごい愚痴っぽく……
勝手にシーズン4と銘打って双子を扱う時は、もうパラレルだと開き直っております。自分だけが楽しい世界を人目に晒して非常に申し訳ないと思っております……
調子に乗って、双子+緑。
緑が絡むと、双子は喧嘩してばかりです。
というか、大人げないですネンコさん達が。そんなパラレル。
本文は『続き』からどうぞ。
一日の終わりを告げる食卓では、ほかほかと温かな湯気が昇っていた。
素朴ではあるが思いを込めて作られた家庭料理は舌だけでなく心も満たす。
だから幸せを感じさせない無表情でありながらも、もくもくと料理を食べていたキレネンコのフォークが止まったのは、偏に皿の上に紅白の物体を見つけたからだった。
固い甲殻を外されてぷりっとした身を出している、食材。
本来皿の上ではなく海の中が住処のそれに、そういえば同居人には告げていなかった事を思い出す―――自分は魚だけではなく、魚介類全般を好まないのだと。
知らないまま使われた食材に対して、とりあえずテーブルをひっくり返したりはしない。が、ほこり湯気を立てるエビは、どうやって処分すべきか。
いつも空にして返す皿へ確実に残ってしまうだろうそれと、少し眉を下げてしまうだろう作り手の顔を思い浮かべた彼は、赤い瞳をはす向かいへ向けた。
二人暮らしのテーブルの、本来は用意されていない席に、さも当然のように座った相手はもっもっと口を動かしている。
「大勢で食べると美味しいですから!」と浮かべられた笑顔に押し切られたが、その増えた手合いは、むしろ飯を不味くする。皿の上に乗ったエビ並みに、邪魔だ。
取り成すプーチンがデザートを用意するからと台所へ立ったので遠慮なく睨む。が、刺す視線に気付いているはずの顔は涼しいままだ。当然だ、これ位で怯むようなら食事どころかベッドの提供まで―――しかも、自分の抱き枕代わりの柔らかい存在含めて―――強要するという厚かましい事は出来ないだろう。
とりあえず食うだけ食わせて叩き出す事でついた折り合いも、本当は納得していない―――お互いに、だが。
食事の手を止めているキレネンコとは対照的に、同じ顔をしたキルネンコはもくもくとフォークを動かす。改めて見るとそっくりな持ち方をして食べ進めるその手は、時折軌道を変えて皿の端に動く。釣られるようキレネンコが視線を動かすと、そこには彼が処分に悩んでいた食材が既に寄せ集められていた。
どうやらあちらは悩みもせず、残す気満載らしい。
ならば。
―――ぺいっ。
もっもっもっもっ―――も。
ぽとっ、と。皿の上に落ちてきた塊に、キルネンコはもっもっもっ、と動かしていた口を止めた。
「…………」
基本なんでも食べる中で唯一食べられない、否、食料として認めていない品目の一つ。例え初見のレストランであっても出されたら皿を叩き割るそれは、この度の料理人に悪気がない事を考慮して目を瞑っている。最終的に皿端に残したそれに気付き、次回から出さなければ合格だ。
別名贔屓という名の寛容も、しかし突然皿に出現した物体に対しては別だった。
皿から顔を上げ、エビが飛んできた方向を見る。視界から完全シャットアウトしていた方向、食欲を減退させる相手がナイフで切り分けた料理をもっもっと頬張っている。そのナイフ捌きが微妙に自分と似ているのはさておき―――手元以上に似ている横顔は、今しがた行った恥知らずな行為を悪ぶる様子はない。
完全そ知らぬフリを決め込む姿を冷ややかに一瞥した彼は、飛んできたエビを掬った。
―――ぺいっ。
もっもっもっもっ―――も。
ぽちゃっ、と。皿に飛び込んできた物体を、もっもっもっと動く口を止めて、キレネンコが見た。
「………………」
……これは一度自分の物から外れたのだから、出戻りとは呼ばない。不法投棄だ。
華麗な逆ジャイアニズム理論の元、ナイフを握る手が悪質な行為を行った相手へ引取りを強制執行した。
―――ぺいっ。
つまらないものですが、どうぞ。と寄越された代物を、のしをつけて返却する。
―――ぺいっ。
なんだかおまけ付きで渡された粗品を、着払い便で発送する。
―――ぺいっ。
―――ぺいっ。
―――ぺいっ…………
「おい―――何ふざけた真似してやがる」
無言の遣り取りを続けて暫く。終わりの見えないラリーに、先に忍耐を切らしたのはキルネンコのほうだった。
自分の一部分と接合してからやたら気が長くなった片割れに対して、射抜く視線を送る。温かな料理を急冷凍するような、冷え冷えとした空気が食卓を包んだ。
「人の皿に入れるな」
「……どうせ残すだろ」
なんといっても、お互いに嫌いな食べ物なのだから。
幼少期から顔を合わせて食事をしていたのだから、今更相手の嗜好が分からないという事はない。
一個も二個も同じだ、と無言で訴える赤眼に、同じ色をした眼がジロリ睨む。
「黙れ。自分の皿に置いてろ」
食べる食べないは勝手だが、こちらへ寄越す必要はないはずだ。
邪険な言い方だが、確かに最もな理屈である。特に、皿を下げる相手はその程度の事で怒りはしない―――逆に、「苦手な物出してすみません」と頭を下げるだろう。
至極当然に言われた言葉に対し、返すキレネンコもまた、落ち着き払った何時もの調子で返した。曰く、
「残したらアレが泣く」
実際に涙を流すかは分からないが、少なくとも緑の瞳が悲しそうな色を浮かべるのは確実だ。誰がどんな顔をしようがどうでも良いキレネンコにとって、例外的にあの表情は忌避しようと思わせる。見ていると何だか胸の奥がざわつく様な、落ち着かない気分になるのだ。
そして綺麗に欠片も残さず食べ終えた皿を下げる時の嬉しそうな笑顔を見ると、何となく温かな―――そう、例えるなら綺麗に磨いたスニーカーをじっと眺めた時のような、ささやかな幸福を覚える。
作った側も食べた側も気分が良いなら、やはりどんな苦手な物であっても残さず、いつもどおり皿を空にしておかなければならない。
というわけで、最初から残す気である相手に押し付ける、もとい一纏めにしておくのはまさに最善の策である。
夕飯を食べさせてやってるのだから、せめてそれくらいは役に立て。
そんな内容を、ワンフレーズから全て読み取ったキルネンコは「ほぅ」と頷いた。
成程、分からない事もない。
そう、鷹揚と理解を示すように縦に振った首を上げ―――席を蹴る。
ガタンッ!と音を立てて倒れた椅子へ気を取られる事なく、キレネンコは眼前に迫る手を掴んだ。赤色の目玉に突き刺さる僅か数センチ前で、フォークが鈍い色をキラリ光らせる。
先端恐怖症でなくても悲鳴を上げそうな光景に平然としたまま、掴む手の向こうを見る。尖ったフォークよりも突き刺さる眼光を向けた先、まるで鏡写しのように同じ目付きをしたキルネンコの顔が映った。
違うのは、あちらでは喉元に突きたてられる直前のナイフを持つ手を止めている、というところか。
勿論、ナイフを振るっているのはキレネンコだ。
ぐぐ、と両手にそれぞれ力を込めながら、容赦の欠片もなく本気の殺気を放つ―――和やかな食卓は一変、戦場と化した。
「……とぼけた事、抜かすな」
「……文句があるなら、とっとと帰れ」
「……お前に、指図される、謂れは、ねぇ」
「……お前が、居て良い、理由も、ない」
ぐぐ、ぐぐぐっ。
刺さろうとする凶器は押さえ、相手に突き刺す得物は振るおうとする力が、見事に拮抗する。
挟んだテーブルが揺れ、食器がガチャンと鳴るのも無視して睨み合う―――一瞬でも気を抜けば確実に殺られる。幾ら気に入らなくても、それぞれに実力は認めている。
普通の相手ならノーガードでやっても構わないが、押さえている手が振るえば流石に無事では済まない。白いテーブルクロスが赤色になったら、それを敷いた相手はさぞ驚くだろう。
ただでさえ丸く大きい緑の瞳をさらに見開いて、
「ど―――どうしたんですか、二人ともっ!?」
―――こんな風に。
ボトリ、抱えていた三人分のデザートを落として立ち竦むプーチンに、僅かに二対の赤眼が動いた。完璧に顔を向けないのは、気を逸らした瞬間が敗北になるからだ。攻める時は先手を打てば良いが、武器を先に納めるのが常に正しいとは限らない。
片目で向こうの赤眼を睨み、もう片目で真ん丸になった緑の瞳を見た二人は「何でもない」と言う。そのタイミングは、不思議と同時だった。
「え、っと―――なんでも、ないって……」
そんな感じじゃ、ないと思うんですけど。
絶句したプーチンの心中を推し量るのは、容易い。
なんといってもフォークが刺そうとしているのは朝食メニューに似た名前はあるが焼いてはいない目玉で、切ることではなく突くことを主目的としたナイフはせせりを捌こうとしている。
あわやカニバリズムか、これが本当の共食いというヤツだろうか―――な、そんな状況で「はぁ、そうですか」と流す程にはプーチンも空気が読めないわけではない。落としたデザートの存在も忘れて、オロオロと食卓を見回す。
一体、このつかみ合いの原因が何なのか、プーチンにはさっぱり分からない。彼にとっては、人数も増えた今夜は和気藹々とした楽しい夕飯だったのだ。腕によりをかけて料理を作ったし、味も悪くなかったはずだ―――けれど。
「あの……ひょっとして、ご飯美味しくなかったですか?」
椅子を蹴倒して立つ二人の向こう、テーブルの上でひっくり返っている皿にプーチンは気付いた。
つかみ合いに発展する途中被害を受けてしまった皿は、最早どちらが食材を残していたか判断つかない状態だ。ただ、仔細を知らない緑の瞳には、それは口に合わない料理に対する無言のクレームに映る。
何を作っても綺麗に食べてくれるからつい忘れていたが、二人は揃って良家の出だ。
庶民的な家庭料理で肥えた舌を満足させるのは―――難しい、のだろうか。食べて来た遍歴が違うから分からないだけで、自分が良いと思った味もお粗末なのかもしれない。
しゅんと眉を下げている料理人に、また異口同音に「違う」と答えるが、落ち込んだ心には届かない。
俯いている頭に同時に舌打ちしながら、キレネンコとキルネンコはそれぞれが元凶だと思う相手へ目で指図した。
―――さっさと手を引いて、詫びを入れろ。
云わんとする事は間違いではないのだが、お互いが同じように思って同じだけ牽制する手に力を込めるのだから、状況は余計悪化する。
無論、自分から、あるいは揃って頭を下げようという発想は、互いに浮かばない。良くも悪くも、似通った考え方をしているのだ―――意地を張る性格も、全くもってそっくりに。
そんな訳で。
「……僕、これからもっと、料理の勉強しますね……」
―――美味しく作られなくて、ごめんなさい。
ぺこり下げた頭を上げ、悲しげに緑の瞳を揺らしながら無理に浮かべる笑顔へ。
「……っそうじゃないと、」
「言ってるだろうが……!」
ギリギリと増した殺意の合間から繋げられた言葉は、やはり届かないようだった。