そんなわけで出かけます。留守前にせめて小話だけでも考えようと思ったのですが、書いたのがあまりにも長くなったので一気に消しました…そんなわけで何も出来ませんが、週末までしっかり遊んで参ります。(ぉぃ)
書きかけて結局間に合わなかった未完小話。
帰ってきたらまとめ(ると思い)ます。
ひとつしかないのにふたつあるもの、なーんだ?
ふたつあってもひとつにならないもの、なーんだ?
みっつもあるけどひとつだけのもの、なーんだ?
ある日のこと。リビングの一角にはいつもの通りスニーカーを磨くキレネンコの姿があった。
少し猫背気味になりつつ真剣に作業する横を「頑張ってるな~」と思いながら通ったプーチンは、ふと、首を傾げる。
「キレネンコさん、このスニーカー反対側は?」
テーブルへ陳列されるよう並べられた、手入れ済みのスニーカー。布地が光るまで磨かれたその一群の中で、ひとつだけ浮いている物がある。
といっても意匠が奇抜だとか磨きが手抜きだとか、そういう意味ではない。文字通り『ひとつ』というのか―――スニーカーの、左足側だけしかないのだ。
当たり前だが、スニーカーは左足と右足揃って初めて『一足』という単位になる。一部の例外を除いて片足それだけでは機能しない。
ここに持ってきていないのか、とも思ったが、几帳面なキレネンコに限って片方だけ手入れをサボるというのは考えづらい。だから尚更、目に付いたのである。
プーチンの問いかけに一旦作業を中断したキレネンコが顔を上げた。相変わらずいまいち感情の読めない赤い瞳が、ジッと左足だけのスニーカーを見つめる。
「…………」
「え、いや、あの、ちょっと気になっただけというか……深いイミはなくてですね、」
無言の圧迫。本人にそのつもりないのかもしれないが、なんともいえない沈黙に逆にプーチンの方が焦る。別に無理に聞き出すつもりはないのだ。単に目に入ったから聞いてみただけで、言いにくいなら流してくれて良い。
中々外れない瞳にワタワタとプーチンが弁解する。ひょっとしてこれはキレるパターンだろうか、と青くなりかけた頃、意外なことに向こうの口が開き、
「……ない。」
とだけ言った。
その時一瞬、小さな溜息を吐いた気がしたが、プーチンが瞬き一つした後には何もなかったよう手を動かしていた。
ない―――というのは、右足側がないという意味だろうか。それは見れば分かる。では、物理的に手元へ存在しないという『ない』なのか。なら何故、左足だけ捨てずに丁寧に磨いているのだろう?
ぽかんとした顔で返答を反芻していたプーチンだったが、どんなに考えども意味がよく分からない。
「ない、って……あの、ソレの右足が?」
「……」
「えっと、どうして?とか……」
聞いても良いのかなー、なんて。
恐る恐る尋ねるプーチンの視界で、キレネンコの片眉が跳ねた。気のせいか眉間に皺も寄った気がする。口角に至っては完璧角度を下げた相手に、プーチンは戦慄した。
(ややややっぱり、聞いちゃダメなことだったんだ―――!!!)
ヒィ、と声にならない悲鳴を上げると、「なんでもないですぅーーーっ!」と脱兎の勢いでその場から離脱。篭城場所ともいえる台所へ駆け込む。
走ったせいもあって上がった動悸を押さえつつ、そろり壁から顔を出して様子を窺う。暫くこちらを見ていたらしいキレネンコだが、鬼の形相で追ってくるわけではなく、やがて作業を再開した。変化のない無表情にプーチンはホッと安堵する。
好奇心猫をも殺すとはよく言ったものだ。元々その場のノリと勢いで軽挙な言動を取りがちな自分を改めて戒める。
とりあえず、今夜の夕飯はステーキに変更しよう―――保冷庫の中身を覗き込み、少しでも機嫌を緩和しようとプーチンは急ぎメニューを組み立てた。
* * *
それから数日後。
肉の効果か特に同居人からシメられることもなく生活していたプーチンは、意外な場所で例のスニーカーを発見した。
いやこの場合は意外というよりむしろ妥当だろうか。
見つけたのは無類のスニーカー好きであるキレネンコと並ぶ程のコレクターな、キルネンコの部屋である。
観賞用のガラスケースへ綺麗に陳列されたスニーカー群の中、こちらも片足だけという目立つ置き方に気がついたのだ。しかもこちらは右足のみ。丁度、キレネンコとは対になる側だ。
驚いたプーチンは慌てて部屋に居るキルネンコを呼んだ。
「ねぇねぇ、キルネンコさん」
「あ?」
「このスニーカー、前キレネンコさんが反対の持ってたんですけ、ど―――」
どうして?そう言いかけて、口を噤む。こちらを向いたキルネンコが、それはそれは険しい顔をしていたからだ。煙草を咥えているから口元こそ隠れて見えないものの、鋭い目付きの威圧といったら。はっきりいって、恐すぎる。
ほんの何日か前に反省したことをすっかり忘れていたプーチンは首をすくめて後ずさる。そのまま回れ右で逃げようかと思ったのだが、運のないことに退路にはキレネンコが陣取っていた。しかも、こちらも持参した雑誌から顔を上げ、睨むとも見るとも判別つき難い視線を浴びせてくれる。
まさに八方塞の陣。思わず泣きたくなる。
「あああああのあのあの……」
「……それが、なんだ」
「え!?えーっと、えっとえっと……コレ、なんで右足だけなんでしょう、か……?」
今更「何でもありません」と誤魔化すことも出来ない。
殴られること覚悟で恐る恐る尋ねるプーチンの目の前、キルネンコは一つ、煙を吐いた。ふぅ、と。まるで溜息のような息をつき、答える―――「ないからだ。」と。
「へ?は……ない、から?」
「見たまんまだ。ここにはない―――どこにあるかはお前が知ってるだろ」
「ぅ゛っ……」
ジロリ。そんな音でも聞こえそうな横目に捉えられ、更に一歩引く。
―――何故でだろう、なんだかすごく、責められてる気がする。
まるで身に覚えがないのだが、何か、そうスニーカーに関する何かを、自分はしたのだろうか。
助けを求めるようキレネンコの方へ顔を向けるが、残念な事にこちらの赤目もキルネンコそっくりな半眼。ダブルパンチだ。
(……どうしよう、考えても全然心当たりがないんだけど、謝ろうか……でもどう言って謝ろう……)
この二人のことだ、その場しのぎにゴメンナサイと言ったところで「分かって謝ってるのか」と逆にガン飛ばされるに決まっている。
ううう、と半分涙目になるプーチンだったが、とうとうギブアップした。
素直に知らないことは知らないと打ち明けてから、一応謝ろう。それでも駄目だった時は―――諦めるしかなかろう。
「……と、というか……どうして二人は、このスニーカーを片っぽずつ持ってるんです……?」
冥土の土産、ではないが、どうしてもそこだけがよく分からない。十中八九そこのスニーカーにまつわる何かで二人の機嫌が悪いのだろうが、しかし、一体どうして。
さながら最期の審判待つよう項垂れたプーチンを挟んで、キレネンコとキルネンコは顔を見合わせ、
「「―――お前のせいだ」」
宣告した。