一部が思いついただけのネタは大抵終わり部分になるほどどん詰まりになって大変な事になります。
そのためにプロットというものがあるのでしょうが、いつも面倒くさくて行き当たりばったりという…orz
双子+緑。
答えはなんでしょう。
本文は『続き』からどうぞ。
ひとつしかないのにふたつあるもの、なーんだ?
ふたつあってもひとつにならないもの、なーんだ?
みっつもあるけどひとつだけのもの、なーんだ?
な ぞ な ぞ 。
ある日のこと。リビングの一角にはいつもの通りスニーカーを磨くキレネンコの姿があった。
少し猫背気味になりつつ真剣に作業する横を「頑張ってるな~」と思いながら通ったプーチンは、ふと、首を傾げる。
「キレネンコさん、このスニーカー反対側は?」
テーブルへ陳列されるよう並べられた、手入れ済みのスニーカー。布地が光るまで磨かれたその一群の中で、ひとつだけ浮いている物がある。
といっても意匠が奇抜だとか磨きが手抜きだとか、そういう意味ではない。文字通り『ひとつ』というのか―――スニーカーの、左足側だけしかないのだ。
当たり前だが、スニーカーは左足と右足揃って初めて『一足』という単位になる。一部の例外を除いて片足それだけでは機能しない。
ここに持ってきていないのか、とも思ったが、几帳面なキレネンコに限って片方だけ手入れをサボるというのは考えづらい。だから尚更、目に付いたのである。
プーチンの問いかけに一旦作業を中断したキレネンコが顔を上げた。相変わらずいまいち感情の読めない赤い瞳が、ジッと左足だけのスニーカーを見つめる。
「…………」
「え、いや、あの、ちょっと気になっただけというか……深いイミはなくてですね、」
無言の圧迫。本人にそのつもりないのかもしれないが、なんともいえない沈黙に逆にプーチンの方が焦る。別に無理に聞き出すつもりはないのだ。単に目に入ったから聞いてみただけで、言いにくいなら流してくれて良い。
中々外れない瞳にワタワタとプーチンが弁解する。ひょっとしてこれはキレるパターンだろうか、と青くなりかけた頃。意外なことに向こうの口が開き、
「……ない。」
とだけ言った。
その時一瞬、小さな溜息を吐いた気がしたが、プーチンが瞬き一つした後には何もなかったよう手を動かしていた。
ない―――というのは、右足側がないという意味だろうか。それは見れば分かる。では、物理的に手元へ存在しないという『ない』なのか。なら何故、左足だけ捨てずに丁寧に磨いているのだろう?
ぽかんとした顔で返答を反芻していたプーチンだったが、どんなに考えども意味がよく分からない。
「ない、って……あの、ソレの右足が?」
「……」
「えっと、どうして?とか……」
聞いても良いのかなー、なんて。
恐る恐る尋ねるプーチンの視界で、キレネンコの片眉が跳ねた。気のせいか眉間に皺も寄った気がする。口角に至っては完璧角度を下げた相手に、プーチンは戦慄した。
(ややややっぱり、聞いちゃダメなことだったんだ―――!!!)
ヒィ、と声にならない悲鳴を上げると、「なんでもないですぅーーーっ!」と脱兎の勢いでその場から離脱。篭城場所ともいえる台所へ駆け込む。
走ったせいもあって上がった動悸を押さえつつ、そろり壁から顔を出して様子を窺う。暫くこちらを見ていたらしいキレネンコだが、鬼の形相で追ってくるわけではなく、やがて作業を再開した。変化のない無表情にプーチンはホッと安堵する。
好奇心猫をも殺すとはよく言ったものだ。元々その場のノリと勢いで軽挙な言動を取りがちな自分を改めて戒める。
とりあえず、今夜の夕飯はステーキに変更しよう―――保冷庫の中身を覗き込み、少しでも機嫌を緩和しようとプーチンは急ぎメニューを組み立てた。
* * *
それから数日後。
肉の効果か特に同居人からシメられることもなく生活していたプーチンは、意外な場所で例のスニーカーを発見した。
いやこの場合は意外というよりむしろ妥当、だろうか。
見つけたのは無類のスニーカー好きであるキレネンコと並ぶ程のコレクターな、キルネンコの部屋である。
観賞用のガラスケースへ綺麗に陳列されたスニーカー群の中、片足だけという目立つ置き方に気がついたのだ。しかもこちらは右足のみ。丁度、キレネンコとは対になる。
驚いたプーチンは慌てて部屋に居るキルネンコを呼んだ。
「ねぇねぇ、キルネンコさん」
「あ?」
「このスニーカー、前キレネンコさんが反対の持ってたんですけ、ど―――」
どうして?そう言いかけて、口を噤む。こちらを向いたキルネンコが、それはそれは険しい顔をしていたからだ。煙草を咥えているから口元こそ隠れて見えないものの、鋭い目付きの威圧といったら。はっきりいって、恐すぎる。
ほんの何日か前に反省したことをすっかり忘れていたプーチンは首をすくめて後ずさる。そのまま回れ右で逃げようかと思ったのだが、運のないことに退路にはキレネンコが陣取っていた。しかも、こちらも持参した雑誌から顔を上げ、睨むとも見るとも判別つき難い視線を浴びせ
てくれる。
まさに八方塞の陣。思わず泣きたくなる。
「あああああのあのあの……」
「……それが、なんだ」
「え!?えーっと、えっとえっと……コレ、なんで右足だけなんでしょう、か……?」
今更「何でもありません」と誤魔化すことも出来ない。
殴られること覚悟で恐る恐る尋ねるプーチンの目の前、キルネンコは一つ、煙を吐いた。ふぅ、と。まるで溜息のような息をつき、答える―――「ないからだ。」と。
「へ?は……ない、から?」
「見たまんまだ。ここにはない―――どこにあるかはお前が知ってるだろ」
「ぅ゛っ……」
ジロリ。そんな音でも聞こえそうな横目に捉えられ、更に一歩引く。
―――何故でだろう、なんだかすごく、責められてる気がする。
まるで身に覚えがないのだが、何か、そうスニーカーに関する何かを、自分はしたのだろうか。
助けを求めるようキレネンコの方へ顔を向けるが、残念な事にこちらの赤目もキルネンコそっくりな半眼。ダブルパンチだ。
(……どうしよう、考えても全然心当たりがないんだけど、謝ろうか……でもどう言って謝ろう……)
この二人のことだ、その場しのぎにゴメンナサイと言ったところで「分かって謝ってるのか」と逆にガン飛ばされるに決まっている。
ううう、と半分涙目になるプーチンだったが、とうとうギブアップした。
素直に知らないことは知らないと打ち明けてから、一応謝ろう。それでも駄目だった時は―――諦めるしかなかろう。
「……と、というか……どうして二人は、このスニーカーを片っぽずつ持ってるんです……?」
冥土の土産、ではないが、どうしてもそこだけがよく分からない。十中八九そこのスニーカーにまつわる何かで二人の機嫌が悪いのだろうが、しかし、一体どうして。
さながら最期の審判を受けるが如く萎れたプーチンを挟んだキレネンコとキルネンコは顔を見合わせると―――言い放った。
「「―――お前のせいだ」」
* * *
遡ること数日前。
商店街に入っている靴屋の店頭には、特設棚が設えられていた。
『当店限定販売!直輸入ヴィンテージシューズ』と書かれたポップと共に鎮座する、一足のスニーカー。現品限り、と一際大きく文字の踊る品は愛好家にしてみれば喉から手が出るほど―――否、勇み足で駆けてくるほど切望する一品だろう。
砂埃巻き上げて寄ってくる赤い二つの影のように。
東と西と、互いを認識した二人は揃って顔を顰めた。遠目にもはっきり見える赤眼を見据え、更に強く地を蹴る。
五十メートル、十メートル、三十センチ。射程圏内へ捉えた得物に、考えるより早く手を伸ばす。
勝負は、一瞬。
かかとを引っ掛け、各々の胸に引き寄せる。
キレネンコは左足を、キルネンコは右足を。
「チッ―――!」
どちらともなく舌打ちかます。
自分に近い方を思わず死守したが、元々スニーカーは両足で一揃え。片足だけ手に入れたところで意味はない。
そして向こうも反対側を寄越せと言ったところで大人しく渡すタマでもない―――結論、奪うのみ。
ザッ!と肩幅に足を開き、拳を構える。
そっくりな顔した男二人から漂う紛れもない殺気に、周囲から悲鳴が上がる。特に靴屋の主においては度々この双子が齎す人災(というかほとんど天災に近い)を経験しているため、既に泡を吹いている状態。
だがそんなのキレネンコ達の知ったことではない。彼らの眼に入っているのは珍品のスニーカーのみ。それを手に入れるまでの過程で建物が倒壊しようが怪我人が出ようがお構いなしだ。
狙うは縫合痕走る正面の顔。見ているとそれだけで胸クソ悪くなる横面めがけ、腕を振り上げる―――
『―――二人とも。大切な趣味があるのは良い事だと思いますけど、周りの人に迷惑かけちゃダメですよ。
それが原因で二人が皆に悪く思われるのは、僕、哀しいです……』
何時だったか、別のスニーカーを巡って争ったことがある。その時は両脇二件を含む店舗が倒壊し、道路が数箇所陥没した。人死にこそ出なかったが鼻先に瓦礫が落ちてきて泣いていた子供は確実にトラウマを負っただろう。
それでもやはり、二人にとって重要なのは勝敗の行方で。見上げてくる深緑の瞳に、初めて周囲を見回してみた。
誰とも知らない第三者の被害など関係ない。だが、
自分は何一つ関わっていないのに、曇らせるその眼が。
「「…………」」
腑には落ちない。納得いくかと自問すれば間違いなく否だ。思惟が抑圧されて余計苛立つくらい。
それでも、キレネンコとキルネンコはお互いクルッと踵を返した。向けた背を振り返らせることなく、だまし討ちすることもなく。それぞれ片足のスニーカーを手に来た道戻る。
遠巻きにぽかんと見ていた外野がその異常さにざわめき出す頃には、目立つ赤髪はどこにも見当たらなかった。
* * *
「だから、お前のせいだ」
率直にキルネンコは突きつける。その横でキレネンコもうんうんと小さく首肯している。
普段互いの考えが一致すればそれだけで口をへの字に曲げる二人が、全く同意権だと言う。実に奇異であり、同時に空恐ろしいこの状況。
「…………」
これ以上ないほど刺々しい視線を持って責める赤眼二対の前、プーチンは項垂れていた。括った前髪で顔が隠れるほど深く首を折り、上げようとしない。
明らかになった事情が、相当堪えたのか。小刻みに肩を震わし、息を吸っては喉の奥で止めている。
歯を食いしばっているらしい相手に、キレネンコ達も漸く溜飲を下げる。未だ半分のスニーカーには燻る思いはあれど、向こうが望んだ結果の末だと思えば、まぁ、引き下がってやらないではない。
威圧放っていた眼光を潜めると、下げられた顔へそれぞれ手を伸ばし、
「―――ぃひゃひゃひゃひゃっ!」
「……何ニヤニヤしてやがる」
「に、にひゃにひゃにゃんてしてまへぇん~!」
「…………」
「むはーっ!いひゃいーーーっ!!」
ギリギリ、摘んだ頬を引っ張る。引っ張る、というより抓るが正しいか。容赦という言葉をどこかに忘れた強さで挟み、捻じ切るように手首返す。肉の硬い人間であったなら間違いなく千切れていた。
幸い餅並みの柔らかさを誇るプーチンの頬は限りなく伸びるに留まるが、流石に伏せていた顔をパッと起こす。
相当痛いのか、眦には涙がこんもり溜まっている。悲痛な叫びも止まらない。が、痛いと言う傍らその口元はにへり、締まりなく緩んでいる。
鬼のような仕置きが敢行されること暫く。両頬から指が外れる頃には、プーチンの頬はすっかり腫れ上がっていた。
しかし、緩くにやけた表情は消え去らない。
「っふふふ。だって、二人とも僕のお願いちゃんと聞いてくれてたんだなぁ~って」
赤い瞳が一層剣呑さを帯びるもなんのその、既に先ほどまでの気後れも解消しコロコロ、実に幸せそうに微笑む。
外でケンカしないでほしい、とは確かに常々言っていたけれど、その発言には拘束力などない。聞きいれ、実行してくれたのはあくまで彼らの意思。それが嬉しい。
フラストレーションが溜まっているらしい二人には申し訳ないが、嬉しくて仕方ない。
「他の人も困らないし、二人も怪我しなかったし、仲良くするのって良いでしょ?」
「煩い」
「調子に乗るな」
厳しい口調でポカリ、拳骨が落ちる。「いたーい」と口では言いつつ、相変わらずプーチンは笑ったままだ。
「あっ、折角だし、二人でソレを共有するのはどうです?」
「「断る。」」
妙案だとばかりにした提案は間髪いれず却下された。
例えどんなことがあろうと、兄弟で一緒に物を所有するなんて考えたくもない。それよりは半分だけでも自分個人の物とする方が幾分かはマシだ。
揃って主張するキレネンコとキルネンコにちょっとがっかりするものの、二人の最大限の譲歩だと思えばこれでも十分。
気を取り直すよう、左右に垂れる手をプーチンが取った。
「じゃあ―――お詫びに僕がとびっきりのお茶をご馳走しますから、」
それで許してもらえます?
傾げられた小首の先、綻んだ赤い頬に再び指が伸びることはない。
両脇から降った小さな息を返事に、足音三つを響かせながら三人は片足のスニーカーが残る部屋を後にした。
ひとつしかないのにふたつあるもの
ふたつあってもひとつにならないもの
みっつもあるけどひとつだけのもの
さて、なーんだ?