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監獄兎中心期間限定サイトの日記という名の掃溜
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 回帰したので、歓びを示して。


 赤×緑。
 思い出の場所作り。





 本文は『続き』からどうぞ。






 降り立った場所は、見渡す限りの荒野だった。

 「あ、れ……?」

 自身の目に映る、開けた、何もない世界に。プーチンは声を漏らす。続いて車を降りてきたキレネンコが後ろに立った事にも気付かないまま、彼は振り向きもせず呆然と立ち尽くした。

 ぽかんと口を開けたまま、思い出す。
 ここへ来るまでに、説明した―――思い描いていた、場所の姿を。


 暖かくなると花が咲いて、一面がピンク色の絨毯みたいになって―――
 大きな木が枝を折り重ねて影を作って、見上げるとまるで緑のレースを天井にひいたかのように鮮やかな色が広がって―――

 だから―――だから、ほんのちょっとだけ。ちょっとだけ、寄らせてもらって良いですか―――?


 そう、先を急ぐ相手の、無表情な顔を拝み倒すように懸命に頼んで。進行方向から車を逸らした先、辿り着いた懐かしいその場所は。


 覚えているものなど―――何も、なかった。


 ゴロゴロと転がる礫岩も、剥きだしの赤茶けた大地も。
 切り開かれた木々の残骸も、風に吹き巻き起こる砂埃も。

 何一つ、当時と同じものは、ない。

 記憶に残る最後に訪れた時と、あまりにかけ離れた光景に。
 ただ、言葉が出なかった。


 どれくらい、無為に時間だけが流れたのか。
 後ろでふぁと小さく漏れた欠伸に、漸くプーチンは自分が一人来ていたわけではない事を思い出した。

 そうだ―――無理を言って、寄り道をさせてもらっていたのだ。

 気まずい思いを覚えながらそっと後ろを振り向くと、同席者の赤い瞳とパッチリかち合う。退屈そうな目に見下ろされ、思わずサンダルを履く足が逃げ走りそうになった。
 寄らせて欲しいと頼んだ時にも綺麗な場所なのだと説明した時にも同じ目をしていた相手が、今土しかないうらぶれたこの場所を見てどう思っているのか。
 無駄足をと怒っているのか、それとも馬鹿な奴だと呆れているのか。多分、後者の方ではないかとプーチンは思う―――自分でも、そうだと思ったからだ。

 3年。

 正確には、それより更に数年来ていなかったが、確実に3年。
 この場所に、来ていなかった。

 それなりに楽しく過ごせていたはずの檻の中、止まっていた自分の時間は。過ぎてしまった、世界の時間は。


 記憶の光景をごっそり、消え去らせてしまうのに十分な時間だった。


 「…………あ、ははは……ごめんなさい。なんか、いつの間にか変わっちゃってた、みたいで……」

 一言も声を発しない相手に、何か言わなければ―――そう思って口を開いたものの、乾いた笑いしか出てこない。
 視線をさ迷わせ、プーチンは見知らぬ景色を前に必死に言い訳を重ねた。

 「前はね、綺麗だったんですよ……?花も、樹もあって、小鳥とかも一杯いて……青い空と一緒に見ると、ほんとう綺麗で……」

 ああでももう夕方ですよね空は青くないですよね、と暮れ時の刻限に取り繕う。朱の色を増す赤土は、何の慰めもしてくれない。
 足元の草一本生えていない土を眺め―――プーチンが、顔を上げた。

 「ごめんなさい、キレネンコさん……折角寄らせてもらったのに、何もなくて」
 「…………………」
 「先、行きましょうか」

 そう言っても嬉しそうな顔一つしない相手の目は、相変わらず無感動だ。

 ―――その目に、少しでも感激を与えられるような景色を見せたかった。
 灰色の監獄しか揃って見た事のなかった相手と、記憶に残る美しい風景を、共に見たかった。

 それは、もう。二度と叶わない。

 ぐっと気持ちを押し下げてくる思いを打ち払うべく、プーチンは至って明るい声をキレネンコへとかけた。

 「もう夕方だし、寄り道した分急いで運転しますね!」

 車内泊でも平気だが、出来れば街に着いて一泊したい。道から此処まで逸れた時間を逆算すれば、凡そかかる時間の見当はつく。
 停めている車に足を向けながら、どれくらいで次の街に着くか計算を始めた―――その頭部が、ガシッ!と脇から掴まれた。
 突如めりこんだ指に、数字も計算も吹き飛ぶ。
 思わず「むほぉっ!?」と叫んだプーチンに構わず、キレネンコは手首を捻った。
 ぐりんと体ごと反転させられ、視界が回る。突然の事態に目を白黒させていたプーチンは、向けられた先突き刺さるような眩しさに目を細め―――はたと見開いた。

 「あ―――」

 荒くれ、切り開かれた大地の、その向こう。
 ぽっかり空いた空間の中に、明々とした夕陽が浮いている。とても目立つというのに、記憶と異なる風景にばかりに気がとられていてその光に気付かなかった。


 鮮烈な黄昏の光を放つオレンジの恒星は、荒涼とした場所と相まってどこか物寂しく―――けれど、美しい。


 ゆっくりと落ちていく夕陽を目に、胸を締め付けるような切なさと感激を覚え、プーチンは束の間。今日この場所に来てから二度目の声をなくした。
 代わりに発されたのは、感激とは無縁の、感情のない平坦な声だった。

 「……覚えておけ」
 「え?」
 「……今度は、これを。覚えておけ」

 花も樹もない、土ばかりの場所を。そこに浮かぶ、鮮やかな夕陽を。
 一人で見たら寂しくて泣けてしまいそうな陽を、覚えておいて。
 どれだけ時間が過ぎても忘れることなく、思い出と共に記憶に深く刻み付けて。
 そして、また―――

 「また……連れて来て、くれますか……?」


 また、一緒に。二人揃って。涙を流すことなく眺められる、オレンジの光を、見に。


 「………………」

 プーチンの問いかけに返事することなく、キレネンコはぱっと手を離した。自由になった頭部を慌てて後ろへ向けると、赤髪の流れる背はさっさと車へと歩いている。今しがた覚えておくよう言った夕陽へ振り返ることない相手は、この景色を覚えたのか―――そんな疑問が浮かばないではなかったが、プーチンは何一つ尋ねずにその背を追う。寂しさとは無縁の、笑顔を浮かべて。
 思い出の地を離れる足に、躊躇いはない。


 今は立ち去っても、また来る―――記憶へと残したこの場所へ。


 いつの日か、もう一度。大切な人と、共に。
 

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