目の前が港なので、七夕の笹を海に流すしきたりに則り終わった後はぽいっと投棄していました。
完璧不法投棄です。海洋汚染です。見つかったら絶対怒られてた。
兎で七夕です。
監獄で織姫彦星でもやれば良いのに、おかしな方向へ転がりました。
……はっぴーえんどでないので、苦手な方はすみません。
(赤)+緑。
本文は『続き』からどうぞ。
小さく刳り貫かれた、鉄格子填る窓の向こう。広がる空は、晴れていた。
「今年は晴れたから良かったですね」
雲ひとつない天空の元、今宵星の河へ掛かる橋の上で恋人達は無事一年ぶりの逢瀬が出来ているはずだ。
たった一日だけ赦された再会。恋心へ現を抜かした代償に引き離された、気の遠くなるような距離を唯一駆け寄れる日も雨で水嵩を増されてしまっては叶わない。
ただの伝説ではあるが、それでも想い人へ逢えない切なさは大層なものであると思うから―――縮小された星空を見て、安堵する。長雨続きのこの季節、今日が晴れたのは奇跡と呼ぶのに相応しい。
小さかったり、大きかったり。眩かったり、霞んでいたり。暗い空へ光る数多の粒子に目を凝らす。
「沢山出てるから、毎年どの星か探すのが大変なんですけど……」
そんなに学は高くない。知っているのは天空の真北にある北極星と北斗七星、真冬のオリオン―――それと、夏の大三角形。
二点の角たる星は、厚い壁の向こう昇っているのだろうか。
分からず届かない窓へを覗き込もうとする背へ「この方角からは、見えない」と、低い声で教えてくれる。すっと指差された方向に窓はない。それでも見えない外には、瞬く星がきっとある。
赤髪の下の知識は豊富で、博識だ―――興味があること以外、滅多に口にはしないだけで。東西南北、どちらを向いているのかすら分からない自分とは全然違う。
そうやって、いつも、静かに。知りたかった答えを、与えてくれる。
「ここに来るまでは、毎年小さな笹を用意していたんですよ」
小ぶりの枝と、色とりどりの細い紙片。何を書こうか迷った末、結局沢山になってしまった短冊は自分でもちょっと可笑しかった。
手作りの輪飾りを飾り付け、夜風にさらさら鳴る葉の音に耳を澄まして。夕涼みを兼ねて顔を覗かせた窓の外、一面に広がる星は目を閉じれば今でも瞼の裏で輝く。
子供の時分からの習慣で、一人で暮らしてからもこの日が近くなるとつい天気を気にしてしまった。
晴れなら喜び。雨なら、沈み。予報を聞いてはそわそわしている自分を、当時交流のあった人達はよく笑っていたっけ―――自分でも子供っぽいという自覚があっただけに、少し気恥ずかしかったのを覚えている。
彼も呆れたかな、と一瞬過ぎった不安にちらり伺った横顔は、予想に反して笑っていなかった。
笑いも嘲りもせず、表情を浮かべない横顔―――静かな、宵闇と同じくらい赤い双眸は穏やかで。星がもたらすかすかな明るさの中、一際鮮やかなその色を優しく受け入れてくれているように見えるのは身勝手な思い込みなのかもしれない。
それでも突き放されないのを良い事に、傍らへ擦り寄る。
初夏の宵の口、触れた体は少し冷たい。
今日二つの星は働く事を止めて遠ざけられたというのに、働いていない自分達はこんなにも近い。不公平だと見下ろす星に怒られてしまうかもしれない―――それでも、冷えた肩を抱く腕からは抜け出せない。
「願い事、書かないんですか?」
面倒見の良い看守に頼んで用意してもらった、五色の短冊。流石に笹はないが、願い事は今年も無事星へ掲げられた―――星へより良く見えるよう、背の高い彼へ頼んで。鉄格子の間から入り込む宵の風にたなびく短冊は、灰色の檻に明るく彩る。
その中の、手渡した一枚。寄りかかった手が持つ紙に文字はない。
星に願う事など何もない―――望むもの全て、何にも頼らず自らの力で手に入れてきた彼らしいと思う。
でも、もし。
少しでも託すような想いがあるとしたら。
「ねぇ―――願い事は、なんですか?」
大好きな靴のことですか。
滅多に口に出来なくなった、ご馳走のことですか。
それとも―――この檻から出て、自由になることですか。
知りたがりな問いかけに、口が開く。
「―――」
発せられた、貴方の『願い』は。
季節は変わり、またこの日が来る。
今年の天気は、雨です。
空を覆う催涙雨。逢えない星達が流す涙で光は翳る。
長く遠い一年に焦がれ、待ち望んでいた再会の日。濁流築く河へ、橋は掛からない。
河岸で水面を揺らした恋人達は、悲嘆に暮れながらまた相見える日まで待ち続ける。遥か彼方の彼の人を憶い、日々の業に明け暮れ耐えて。
―――でもね。
「僕……意外と、欲張りだったみたいです」
幾つもの短冊を掲げて、幾つもの願いを祈っていたように。
長く遠い年月が巡るまで待つなんて、出来ない。
待てども待てどもやってこない星合の日、幾年も逢えない貴方を憶い続けるなんて、出来やしない。
「たった一日、逢えないことすら……僕は、耐えられないんです―――キレネンコさん」
頬を伝う雫は、川になる。
暗く冷たく、底も見えない涙河。
泳いで、流れて、溺れて。深い深い紅の水に沈んだ、その先の。
賽の河原にて待つ、貴方の元へ―――笑顔を浮かべて。
「いま―――会いに行きます」
捧ぐ願いは、一つだけ。