というか、最近正しく緑受けな物を書いてない気が……汗
空気読めなくてすみません。久々の今日も別ネタ……
双子。
模型の、この街で。
本文は『続き』からどうぞ。
高みから見下ろす街は、まるで模型だ。
切り立った崖の上、キレネンコは常より遥か高い視点から自身の手中にある場所を見た。
猥雑な建造物が聳え立つ場所で、蠢くように呼吸している生物―――それもまた、模造に過ぎない。
意味のない生、価値のない存在。踏み潰しても消し去っても世界になんら影響を与えない烏合の衆。一瞬は騒ぎになろうと、すぐに誰もが忘れ去る。そして空いた穴には、別の何かが必ず填まり込む。
例え見下ろす場所が街から都市へ、都市からこの国全体へと変化していこうと、その構造自体は変わらない。
ただの老化現象を『生』と呼び、無意味に叫び、喚き、過ぎる時間にもがいている連中誰もが代替がきく。率いるファミリーの面々でさえ、必要とあれば挿げ替えられる。
例外的に代わりようがないとすれば、今こうして思考している自身と―――、
「何フラフラ出歩いてやがる」
ザリ、と土を蹴る音に、思考が中断する。声をかけられるまでもなく、相手が近づいてきていることは承知済みだった。気配を感じたからというよりも、もっと感覚的なものによる判断。
脇に立った向こうもそれは同じだろう。行き先を告げなかった場所で並んだ双子の片割れは、ここへキレネンコが来た理由も何をしていたのかも全く興味がない様子だった。
煙草を引き抜く己と瓜二つの顔を横目に、キレネンコは口を開いた。
「―――始末は」
「ついた。というか、毎回暴れるだけ暴れて放置するな、キレ」
ジロ、と睨むキルネンコの目は若干機嫌悪いのが伺える。仕事折半にと後始末を押し付けられたとあれば、怒るのも分からないでない。
目的としていた組織の壊滅は、確かに手を煩わされずに済んだ。先陣きってつっ込んでいった背が一人立ち回り、瓦礫と死体の山を築き上げたのは、認める。
しかし、それとて単にキレネンコの虫の居所が悪かったが故だ。私情の絡んだ偶発的な行為のどこが分担か。
鋭い視線とセットの譴責は、勿論キレネンコに毛ほどの影響も与えない。頷く動作に代わり、黙って手を突き出す。宙へ向けられた掌に一瞬キルネンコは顔を顰めたものの、ぽいと自身の所有する箱を落とした。
華美な金色の縁取りが斜陽に踊る。煌きを撒き散らすパッケージはとは裏腹に、その味は不味い。というのが違う銘柄を愛用するキレネンコの意見だ。
「文句があるなら返せ」
文句はある。が、これしかないのだから仕方がない。
自分の物は乱闘の最中落としてしまったのだから。と、妥協に取り出した一本を口に運べば、ライターの火が近づく。ジッ、と鼻先を軽く炙った炎に対して、キレネンコは特に感想を抱かない。これもまた、何時ものことだ。
雑味のある、普段と異なる味を肺へと満たし、視線を戻す。
立ち上る煙越しに見る街は一層貧相でガラクタじみている。見苦しく、混沌とした、歪を寄せ集めて出来た虚構の街。
突けば簡単に崩れるあの場所で、今日もまた模型が減った。
そして明日には、また同じ位置に居る誰かを消す。
この手で沈めた、この手で止めた命は。それでも、何かしらの意味を抱いていたのか。
「―――……キル」
「あ?」
真横で同じように紫煙を吐き出すキルネンコ―――その息が若干満足そうなのは、好みにあった品だからだろう。
嗜好の瑣末は別として、良くも悪くも大部分が似通ったこの片割れは。キレネンコ同様、睥睨する模型の中へ代替のいない存在は。
「お前は、何のために生きている?」
ちらとも視線を向けず放った問いかけに、赤い瞳が瞬いた。
意外だったからか、それとも思うところがあったからか。多分どちらでもない、とキレネンコは推測する。
理由は言うまでもない。怪訝な表情に次いで隣が浮かべたのは、得意の、人を馬鹿にしきった嘲笑だったからだ。
「生きている?何のため?ハッ、何口走ってんだお前は」
「……」
「そんな馬鹿げたこと、よく思いつくな。ついに頭がイカレたか?」
「いいからさっさと答えろ」
放っておけばいつまでも皮肉を繰り出す口へ先手を打つ。
実のある返事があるとは、はなから思っていなかった。逆に、まともな―――世間一般でまともと呼ばれる、陳腐な型きり文句が返ってきたりしたら、そちらの方が薄ら寒い。
そういった意味も含めて、血の繋がった兄弟に対してキレネンコが抱く期待など、欠片もない。
ただ―――少し、気になっただけだ。
同じ場所へ立ち、同じ色した瞳で同じものを見、同じように倦んだ『生』を送っている相手は。一体、何を考えているのか。
何を思い、生きているのか。
時間にすれば、ほんのわずかだったと思う。
「分かりきったこと、聞くな」
はっきりと、一蹴する声。煙草一息吸うか吸わないかのその間に、思案と呼べる処理はなかっただろう。無論、逡巡も。
先ほどとほぼ差のない返答に、やはりキレネンコは落胆も失望も覚えない。
所詮、その程度ということだ。考えるのも無駄な、下らない、相手の言葉を借りれば馬鹿げたこと。そんな質問に答えなど、存在しようもない。
そう思い直していたキレネンコの耳に、意外にも続きが届いた。
「これの他に、何の理由がある?」
一拍遅れ、バサリ鳴った音。昇る煙を分断するよう突きつけられた紙面へ、一貫して無感動だった赤い目が歪んだ。
「紫は、俺のだ」
「…………」
広げた愛読書の向こう、キルネンコが嗤う。向けられたしてやったりの笑みに、即崖から蹴り落としてやりたい。とキレネンコは思った。
だが、どんなにキレネンコが殺気立とうとこればかりは覆らない。欲しいものは、早い者勝ち。靴に限ったことでなく、この世界の理である。
力に物を言わせるという最終手段は残っているが、すでに一暴れした今日、同等の力技で返してくる相手と延々殺り合うのも面倒くさい。ましてや、揃いのものを持つなどどれだけ秀逸の作であってもご免だ。新作スニーカーに一番合う、流行色のパープルは今回は見送るほかない。
チッと舌打ちするキレネンコへ対し、優先権を得たキルネンコの表情は明るい。対照的な表情を同じ顔へ浮かべたまま、吸い終わった煙草を踏む―――靴底を地面へ擦り付ける、その癖を良く思っていない隣からの非難の眼差しは勿論スルーだ。
「行くぞ」と言って踵を返す姿は非常にあっさりしたもので、キレネンコが後ろに続くかどうかなど一顧だにする気配ない。居たければ好きに居れば良い、自身にはなんら関係ない、と言外に示す。
意気揚々と一人来た道を戻る片割れを、キルネンコは見た。
編んだ髪を揺らすその頭からは、先ほど話した内容はもう消えているはずだ。
占めているのは最早、スニーカー一点のみ。
普段人を馬鹿呼ばわりしているあちらのほうが、よほど単純な作りをしている。
「…………」
ひとつ、深く息を吸う。
本来なら体の隅々まで活力を与える煙は、最後の一息までとことん、不味い。
すっかり短くなった口に合わない煙草を、キレネンコの手が無造作に投げ捨てた。
チリチリと音を立てる火は一直線、崖下の街へと落ちていく。やがて地面へ辿り着くそれは単なる灰に消えるかもしれないし、一帯を焦がす焔となるかもしれない―――それこそ、キレネンコにとって関係ない話だ。
考えるべきは、紫に次ぐ二番カラーが何であるか。赤か黒か、少しでも見栄えのする物を丹念に磨けば、価値は高まる。
僅か大きくした歩幅で足を踏み出す。
迷いなく目的地を目指す背が、もう後ろを振り返ることはない。
この命に、意味なんざなくても。
*****
双子で煙草の銘柄違うというのは、大昔に立てた捏造設定から。
ロシア産の煙草調べた結果、キルのはパッケージが派手なヤヴァ・ゴールドという銘柄にしようと……キレは昔ながらの、癖のあるゾロトイ・リストを持たせたい。実際は、後者の銘柄が雑味は強いらしいです。
なんだかんだ言って割と妥協するキレに対して、キルは絶対相手の煙草吸わないとか、当時メモっていました……