(緑)←看守。
カンシュコフもたまには報われたらいいのになぁ、と思いまして。
(じゃあ何だこれのタイトルは)
―――ここ最近、ついてないことばかりだ。
屑どもの集まる刑務所から出たのゴミ屑を一杯に詰めた袋を肩に担いで、真夏のサンタクロースとなったカンシュコフは舌打ちした。
上司は理屈なく怒って説教ばかりかましてくるし、何時も以上に囚人連中が煩いし、昼食で取ったオクローシカは傷んで治まりかけていた胃痛へブローをかましてくれたし。
新品のブーツはすぐに紐が切れてしまったし、目の前を黒猫が三匹続けて通った日だってある。
同僚達と賭けカードをした結果は一人ボロ負けでむしられた挙句、炎天下の中ゴミ捨ての大儀を仰せつかった。
弱り目に祟り目どころか魚の目も蛸の目もくっついてるんじゃないのか―――なんて、焼け付く日差しで頭もまともに回転しやしない。畜生。
誰に見せるわけでもなく悪態をつきながら、カンシュコフは煙を上げている焼却炉を開く。
途端、夏の大気よりももっと濃い熱気が顔を叩く。
灰と煙と異臭の直撃は、ただでさえピリピリしていたカンシュコフの神経をぶち切った。
「―――やって、らんねーっ、なっ!くそっ!!!」
掛け声諸共、振り上げた腕から袋を投げ飛ばす。夢も希望も入っていないサンタ袋はあやまたず口を開けた焼却炉に飲まれた。
轟々と燃える炎に包まれて、あっという間にゴミは燃えていく。
顎を伝う汗を拭い、カンシュコフは投げ入れた物が燃えていく様を眺めた。跡形もなく、放り込む前は何であった解らないまでに燃え、灰へと還るのを。
屋根から外れた焼却炉の前は暑い上に熱い。じりじりと背を焼く夏の太陽と顔を炙る火勢を受けながら、カンシュコフはポケットの中の物を取り出した。
着っぱなしの制服へ入れっぱなしになっている、髪留め。
自ら取り出したそれを見た瞬間、ブラウンの目が苦く歪んだ。
―――用意なんて、最初からしなけりゃ良かった。
何日も寝ずに悩んで悩みぬいた末に用意した物も、渡す相手が消えてしまってはどうしようもない。しかも相手は『さよなら』の一言も言わずにどこぞへ行ってしまった―――同時に出て行った赤いモンスターに連れて行かれたのだと推測しているが、渡せないことに変わりはない。
髪留めに埋まった、小さな小さな緑の石と同じ目をした相手は、もういない。
小さいといっても本物の翡翠を使っているそれを買うのに、どれだけ苦労したことか。
自慢ではないが薄給の財布ではまかなえず、同僚の悪徳高利貸しの手まで借りたというのに。今まで何人か付き合った彼女にだって、輝石付きの装飾品なんて買ったことない。
あのちょっと趣味がわからない、けれど本人は気に入っているらしい括った髪を飾ってやろうと、買ったというのに。
屑の集うこの場所で耐えて刑期を終えた暁の日に渡そうとしていた品は、その日が過ぎた今もポケットに入ったまま手へ残る。
体温を吸った石は温いが、茹だるほど暑い気温の中でも溶けもせず、深い緑の色を湛えている。
―――消えて、無くなってしまえば。この胸の内だって、少しは違うというのに。
ゆるり、とカンシュコフの腕が上がる。
髪留めを握った腕を、今しがたストライクを決めた袋と同じように後ろへと構える。打ち込むべきバッターボックスで揺れる炎を見据え、片足を引き上げた彼は腕を大きく振りかぶった。
ブンッ―――!と、音を立てて空を切る。大きく口を開く焼却炉の、その奥の赤めがけて投げ飛ばす。
……つもり、が。
振ってもなお握りこんだままのた己の手を見てカンシュコフは、肩を落とした。
「…………高かったんだぞ、これ」
そう呟いた自身の言葉が耳に入って、益々凹んでしまう。
渡す相手には「大したことない物だ」と言おうと思っていた品も、まさか実際には簡単に焼却処分できない。貧乏性と言うなかれ、未だ借りた金子の支払いも済んでいないのだから。
胸と、それよりももう少し腹部に下がった辺りがキリキリと痛むようだった。
重い溜息を吐いて、カンシュコフは握った手をポケットに突っ込む。布地の中の蒸れた温度が手へと絡むのが不快だが引き抜く気は起きない。
あちらでもこちらでも行き場をなくした髪留めを握り締めたまま、彼は赤く燃える焼却炉に背を向けた。
溶け消えない深緑の翡翠が、紅蓮の劫火で焼かれてしまわないように。
戻ってきてくれ―――この手の内へ。
―――
嘘ついてすみません。