ようは双子がやりたかった。というか、双子って普通兄とか弟とか意識しないものじゃないのかとか知人の双子思い浮かべて思わないでもなかったのですが、キレとキルに関しては結構あにおとうと考えていたら楽しいなぁって……(でも最終的には二人で一人みたいな・かなり嫌な表情で)
そんな妄想炸裂。遅くなりましたが、6月6日は兄の日でした。
(赤緑前提)弟+緑。
緑はイベントが大好きです。
本文は『続き』からどうぞ。
6月6日。
それはヨーロッパで独立した某国の建国記念日だったり、聖書に因んだ恐怖の日だったり、くるくる巻いた形が6に見えるからというかなりこじつけ的なロールケーキの日だったり、はたまた記念日などどうでも良いという相手にかかれば、365日ある日の内の何の変哲もないただの1日である。
多々存在する記念日の内の一つ―――天環に並ぶ双児宮から因果を受ける、今日は。
兄の日。
「―――で?」
煙草片手に頬杖をついたキルネンコは、眇めた目で拳を握るプーチンを捉えた。
明らかに、今まで受けていた説明に興味がないと目が―――態度も含めて全てだが―――語っている。ただでさえ鋭い瞳が冷めた視線を飛ばすと、睨んでいなくとも相手を萎縮させてしまう。が、根性があるのか空気が読めないのか、向き合ったプーチンはほにほにした童顔に精一杯真面目な表情を浮かべて力説した。
「だからね、今日は兄の日なんです!」
「そうか」
「はい!」
そうなんです!と頷く脳天に。「で。」と、冒頭と同じ言葉をキルネンコがかける。するとまたプーチンが「今日はねっ」と、説明を始め―――カセットテープの端と端を繋ぎ合わせたように延々繰り返す会話をシュールで面白いと思ったのは最初の2、3回だけだった。幾らなんでも飽きる。しかも、大して興味のない話は。
殴って口を聞けなくすることも襟首を掴んで摘み出す事も容易に出来るキルネンコは、彼にしては珍しく穏当に対話の形式を取った。曰く、
「だからどうした」
という、ばっさりもばっさりな、懸命に言い募っている側が取り付く島もないくらい、冷淡な一言。ついでに赤い瞳へ意識して冷たさを乗せると、流石に相手の顔を見慣れているプーチンも少し怯んだ。抜き身の刃を喉元へ押し当てられて、平然と出来る生き物など居はしない。
先ほどまでの勢いはどこへやら、もごもご小声を零す。それでも「だ、だからですね……」と変わらず同じ事を言うのは天晴れというべきか。その努力を今度は最後まで聞いてやることなく低い声が簡潔に問うた。
「それで、その兄の日とやらが、俺に何の関係がある」
「―――あります!とっても、ありますよぉ!」
ぐさっ!と、突き立った実態のない刃物に沈んだのは一瞬。漸く入れた本題(入れなかったのは自身の話術のせいもあるが)に、ぱぁっと表情が華やぐ。
緩んだ、真剣な表情より余程様になる笑顔を満面に広げながら、彼はどうでも良さげに煙草を吸うキルネンコへ一歩近づいた。その動作にこの国の裏側、暗部の中枢を握る相手に対する畏怖はない。警戒を知らないわけではないが、自衛をする気配はない。まともな銃器を扱ったことのない手は一貫して手ぶらだ。
それを愚かととるか勇敢ととるかは相対した者次第だが、懐の内へと踏み込んでくる足を撃ち抜かなかった相手は面白いが故に好きにさせている。
一種の道楽だ―――珍しいペットか、玩具を眺めるような。
再びぎゅっと握った拳を近くなった横顔へと振るうことはなく、プーチンは上機嫌に語った。
「今日は兄の日だからねっ、キルネンコさんもお祝いをしたら良いと思ったんです!」
―――というか、お祝いしましょうっ!
すでに提案から確定に昇進させている意見は、半ばごり押し状態なのを言っている本人は気付いているのか。悪意はなく純真な熱意だけが溢れる言葉に、熱と対極の温度を持つ秀麗な顔は感化されることなく口を開いた。
「誰を」
「キレネンコさんですよ」
「誰が」
「キルネンコさんがです」
「何で」
「兄の日だから!」
「…………」
キラキラ―――そんな効果音を付加して、真っ直ぐ見つめてくる、大きな瞳に。
すぅっと深く煙を吸い込んだキルネンコは―――無言で、吹きかけた。
「―――!?ぅえっぷ、ぷはっ!」
突然顔面を襲った紫煙に、バタバタとプーチンが手を振る。煙草に慣れていない身に直撃は堪える。しかもタール量が半端ないキツさの代物は副流煙だというのに直接紙巻を口にしたような気になる―――吸った事は、ないのだけれど。
よく煙草を美味しいと表現するのを聞くが、苦くて煙たいだけのような―――ケホケホ咽るプーチンは、喫煙の良さは半永久的に分からないと思った。
逆に煙が止まる時は人生の終焉の時である愛煙者は、肺に刺激と有毒性に富んだ代物を取り込んで平然としている。目の前に涙目の顔があっても気にする素振りはない。清々しいくらいスルーだ。
「うぅ~……酷いです、キルネンコさんー」
責めるにしては力のない非難の声にも、眉一つ動かさない。最も、あえて何も言わないその口がもし、発言するとしたら―――「寝言は寝て言え」、だろうか。今日話を始めてから一番ダメージを受けるだろう台詞を吐きかけられなかっただけ、プーチンは幸せだったのかもしれない。
そもそも、双子の兄がいるからとキルネンコへ話を振ったのが間違いではある。同じ日付の誕生日すら互いを祝ったりした覚えがない彼が、意味も根拠も不明な記念日を祝おうなど思うはずがない。相手の命日だと思っていた日すら興味がなかったのだから。
そして向こうも祝って欲しいなど、微塵も思っていないだろう―――自身に置き換えたらよく分かる。分かっていないのは祝おうと上げた対象にやたら懐いている、従順に飼いならされた子犬のような目をした目の前の相手だけだろう。
そのこころは―――
「アレの浮かれる顔を、お前が見たいだけだろう」
ずばり言われた指摘に、ギクッ!と小さな体が跳ねる。煙から漸く回復したプーチンの顔が強張り、だらだら冷や汗を流しているのが煙草の煙越しにもはっきり見える。
分かり易過ぎる反応を捉えたキルネンコは、冷ややかな目のまま平坦な―――その方が、怒声よりもよほど痛烈に刺さる温度のない声で、拒否の意を示した。
「人をだしに使うな」
「だ、だしになんて使ってませんよぉ!僕はただ、お二人が兄弟だから、その……あうぅー、何で睨むんですかー」
『兄弟』という単語が出た途端、はっきり睨みの形に変わった目にプーチンは首を縮めた。顕にされた不快感の、その理由が純朴な彼には分からない。家族は仲良く、微笑みあって愛情を示すものだと当然のように思う頭に、顔を見合わせる度睨み合いか皮肉か最悪手が出る双子の関係は、解りはしない。
パーツを付け替えて融合できるくらい近しい命だというのに、近寄るのも嫌だと断言するのは一体どういうことなのだろうか。
「で、でもー……」
完全に却下された提案を、プーチンは諦め悪く粘ろうとする。
つい見透かされたように言われて動揺してしまったが、兄弟で記念日を祝えば素敵だと思ったのは本心である。深めな溝と高めな壁が間にある二人が仲良くなるきっかけになればと思ったのも、事実。
それから、ほんの少し―――無表情が常な同居人の顔が柔らかくなるのを期待していたのも、真実だ。
「あのですね……プレゼントとかしたりしたら、どうかなーって思ったんです、けど……」
言いながら、プーチンの語尾はだんだん消えてしまう。
限りなく、細く眇められた、赤い目が。非常に、痛い。
徐々に下がる部屋の温度と重圧に首どころか全身がしゅるしゅる縮んでいきそうだ。視線が捉えられる部位がないくらい、小さくなってしまいたい。
プーチンの粘り負けは、決定だった。
隣が静かになったところで、漸くキルネンコは威圧を与え続けた目を外した。へにょ、と本人の気持ちを代弁するかのように折れている括った髪の元に、『折角キレネンコさんを喜ばせることが出来ると思ったのに……』とたらたらな未練が見て取れる。計画した動機の比率からいえば明らかに出してはいけないそれを目の当たりにしても、キルネンコは特に怒ることはなかった。対応するのが、面倒だったのだ。
だしであろうがあるまいが、そもそも彼は双子の片割れに何かくれてやるという事自体がしたくない。恩を売るならまだしも、見返りもない施しをするはずがない。
同じ顔をした相手にくれてやって構わないのは、嫌味と嫌がらせくらいなものだ―――
「―――……」
ぴた。と、煙草を持つ手が止まった。
手元から立ち昇る煙を、赤い瞳がじっと見る。その視線の先、何が浮かんでいるのか―――思案する素振りにどうしたのかとこの場所で唯一尋ねられるプーチンは、生憎とそれを目撃していなかった。俯いたまま、まだ諦めがつかないのか微妙にうーうー言っている。
恐らく計画倒れになるとは微塵も想定していなかったのだろう。緑の目には記念日に合わせて用意した素敵なプレゼントを前に、同居人と、目の前の相手と、自身とが笑いあっている未来の光景が確かなものとして映っていたのかもしれない。その面子を知っている第三者へ話したら「その大きな目は節穴か」と言われたに違いない。
実際にその言葉を返す一人であろうキルネンコは、けれどプーチンをへこませる一言は浴びせなかった。代わりに、項垂れているのか画策しているのか下を向いている頭に「おい」と声をかけた。
「あっ、はい?」
唸る声を止め、プーチンが慌てて顔を上げた。一瞬目が「しまった!」と泳いだのは仕方ない。拒否している事をしつこく食い下がれば誰だって腹立たしさを覚える。あまり温厚でない相手の逆鱗に触れていたとしても、不思議ではない。
若干身構えたプーチンに、けれど雷は落ちてこなかった。そっと向かいを伺うと、同居人と瓜二つな顔をした相手は、やはり同じ色の紅玉のような瞳を細めてプーチンを見ている。吊り上がり気味の目つきは睨んでいるようにも見えるが、煙草を咥えている口元は上がっている。
浮かべられた独特の笑みを見る限り、立腹しているわけではないらしい―――彼の場合は、必ずしも嗤っていれば穏やかであるとは言いきれないのだけれど。
良かった、とこっそり安堵の息を吐く様を睥睨しながら。キルネンコは、嗤いを含んだ声を発した。
「―――良いだろう」
「ほ?」
「兄の日だったか。お前の提案に乗ってやっても良い、と言っている」
付き合ってやろう―――そう、今までの拒絶が嘘のようにあっさりと翻った意見に。プーチンが驚いたように、目を見開いた。
「本当ですかっ!?」
尋ねる声も、思わず裏返ってしまう。悠然とした態度の相手が自棄を起こしたわけではないのは見て解る。冗談を口にしただけとも取れるが、人の良いプーチンはそうは思わない。
紫煙たなびかせる三日月の口元に―――懐疑ではなく純粋な驚嘆で丸くなっていた緑の瞳は、徐々に歓喜の色を浮かべた。
「わぁ~っ!ありがとうございます!」
握っていた拳をばんざいにして、プーチンはぴょんぴょんと飛び跳ねる。向かいのキルネンコが火のついた煙草を持っていなかったらその手をとって一緒に振っていただろう。随喜と感謝と興奮とを混ぜ、まさに欣喜雀躍だ。
笑顔を満開に、躍り上がる気持ちのまま踊ろうとしていたプーチンは「ただし」という言葉に、弾む足を止めた。
「はい?」
「付き合ってやる以上、そっちもひとつ付き合ってもらう」
「へ?」
「ただで人を動かせると思うな―――世の中、労使と報酬は等価だ」
きょとん、と目を瞬かせるプーチンに。ひどく愉しそうな表情を浮かべた『兄』ではない方の生まれを持つ相手は―――煙草を持つ手と反対の手を、伸ばした。
その日、テーブルへついたキレネンコの向かい、指定の席に同居人は居なかった。
「ちょっと1日出かけてきます」と出掛けに言われた言葉が正しいなら、今日そこはずっと空席だ。朗らかな笑顔の消えた空間に微妙に落胆を覚えながら、見る相手が居ても居なくても変わらない無表情で溜息をつく。
今更一人で留守番をすることに異を唱えることはない。元々一人の方が性に合っているし、趣味の品さえあればいくらでも静かな時間を過ごすことは出来る。ただ、それでも出かけようとする背をむんずと掴まえずにいるには結構な努力が必要だった。
最大限の寛容をもって門限を取り付けて送り出せたのは自分でも立派だと思う―――以後取り付けるのが紐や首輪になるかどうかは、帰ってくる時刻によりけりだ。
何度目かの無意識の溜息を零したキレネンコは、同居人の代わりにテーブルで自分を迎えたものを見下ろした。
自分の席の方へと置かれた、リボンのかかった箱。
長方形の箱の中身は、十中八九靴だろう。足元履いているスニーカーと同じサイズの箱は、わざわざこちらに置かれている以上開けても文句は言われないはず―――この箱を用意した相手は不在のため、無断で包装を解く。
赤いリボンを無造作に放ってパカリ蓋を開けたキレネンコが、ほぅ、と小さく感嘆の声を漏らした。
中に納められていたのは、予想通り靴だった。左と右、双子のように揃えられた人気ブランドの廃盤品。レア中のレアなそれをどうやって手に入れたのか。疑問に思わないではなかったが、それよりも至高の一品を手にした喜びの方が勝った。少し空いていた心の隙間が瞬時に満ちていく。
精巧な作りをされているのが一目で伝わってくる。流石通の間では有名なだけある。シックなデザインや色合いも、好みに合っていた。随分とこちらの趣味が分かるようになったものだ。
これが自分色に染める、というやつだろうか―――スニーカーに向ける赤い瞳が僅かに緩む。自然何時もより柔らかく見える表情を浮かべた彼は、これを用意した相手が帰ってきたら、幾許か穏やかな気持ちで迎えてやろうと考えた。そのつもりで準備して行ったのだとしても、たまには乗ってやっても良い。誕生日でも何でもない普通の日に、思いがけないプレゼントを貰えたのだから。
もっと良く見よう―――箱から靴を取り出したキレネンコは、ふと箱の底にメッセージカードが置かれているのに気付いた。
自分の名前が書かれた、カードの筆跡を見た瞬間―――バッ!と手にした靴をひっくり返した。
……一応、靴底に爆弾は仕掛けられていなかった。
一通り確認したが、これといった細工もない。物自体も、贋作ではなく正真正銘、希少品であるスニーカーだ。
だが、その希少な品を見る赤い瞳は険しい。一瞬前までの和んだ空気は霧散し、雨雲巻く低気圧さながらにピリピリしたオーラを放ちだす。嵐吹き荒れる前兆を払い飛ばす、太陽のような微笑は今部屋になかった。
自分の字の書き方とよく似たそのカードは無視してしまいたかったが、ひょっとしたら今日同居人が出かけた事に関与しているかもしれない。一般ルートでは入手不可なスニーカーがある理由も、納得がいく。
だとしたら、帰ってくるのを迎え待つのではなく、引き摺って連れ帰らなくてはならない。
ついでに首へ取り付けるのは厳重な鎖だ―――沸々沸き起こる気持ちを抑えて、流暢な字の綴るカードを手にし。
ビリビリと破った借用書代わりのカードと幻のスニーカーをゴミ箱へ叩き込んだキレネンコは、同い年でありながら自分を『兄』足らしめる唯一の存在の元へ向かうべく部屋を飛び出した―――自分と同じ赤髪が、色濃さ増す瞬間を夢想して。
ついでに、悶着の末括った髪を引っ張って連れ帰った同居人がゴミ箱を見て「僕が選んだのは、気に入りませんでしたか……」と大きな緑の瞳一杯に涙を浮かべてプルプルするのに、一体どこまで計算づくだと夢想が叶わなかった彼は兄弟の溝を一層深く掘り進めた。
―――――
そんな感じでイベント日を過ぎての恥知らず投下。
キル様は今回はプラトニックにお外デートだけご要望でした。プーに色々買い与えてキャッキャッと喜んでいる様を見るのが愉しかったようです。完全愛人扱い……